「スモールワールズ」は、つい先日発表された第165回直木賞の候補作になった作品です。
この作品は、何人かの作家さんが集まって書いたのではないかと思うほど、それぞれの趣が違う6編の短編集です。
共通して言えるのは、趣が違いながらも、それぞれに問題を抱えた家族をテーマに描いているということでしょうか。
さらに、別々のテーマではあるけれど、匂わせる程度にストーリーがつながっていて、小説の世界が共有されていることを感じます。
1章 ネオンテトラ
子供ができずに悩むアラフォーの女性と、酔っぱらうと暴力をふるう父親を避けてコンビニのイートインスペースで父親が寝るまで時間をつぶして過ごす男子中学生の交流を描いた静かに淡々と進行する印象の物語です。
心の空白を埋めるために女性が飼い始めた観賞魚のネオンテトラがこの物語の象徴になっています。
2章 魔王の帰還
全体的に静かな印象の1章とは打って変わって、つらいテーマなのにコメディータッチでとても明るい雰囲気の話で、僕はこの2章の物語が一番好きです。
総合格闘技からスカウトされるほど大柄で、豪快な性格だけど出戻りで実家に帰ってきた姉と、ある事情で転校を余儀なくされた高校生の弟のドタバタ喜劇のような物語ですが、姉にもある秘密が。ラストはとても泣けました。
3章 ピクニック
おばあちゃんと娘夫婦と孫、娘の夫の両親が仲良くピクニックに。
しかしそこに至るまでにはある大変な過去乗り越えてきたという激動の過去が。
謎の誰かの語りで物語が展開していきますが、ラストで語っている人物が誰なのか解った時、ゾワっと鳥肌が立つホラーのような物語です。
4章 花うた
刑務所にいる加害者と殺された被害者の妹との往復書簡だけで物語が展開していくというお話です。
手紙のやり取りだけで話が進んでいくので、こちらも他の章とは全く別の作家が書いたのではと思える作風で、すごいなと感じました。
5章 愛を適量
妻と離婚して以来15年も会っていなかった娘が、男性の姿になって父親の前に現れるという、これまたほかの話とは全く違うストーリーです。
過去の失敗のショックから立ち直れず怠惰に過ごしてきた50代の男と、トランスジェンダーの問題で悩む娘が15年ぶりに突然同居することになったらどうなるのかという、どうしたらこんなストーリーを思いつくのだろうと尊敬してしまいました。
6章 式日
高校時代の先輩と後輩(定時制と全日制ではあるが)が後輩の父親の葬式で久しぶりに再会し、お互いをどう見ていたかを語り合う物語で、一見、男同士の友情を確かめ合う心温まるストーリーのように展開しますが、なかなか名前が明かされない後輩が誰なのか、物語の後半に判明したときは、そこに繋がっていたのか!と本を最初から読み返してしまいました。
この「スモールワールズ」は第165回直木賞の候補作ですが、SNSでの読んだ人の感想を見てみると、直木賞候補作というよりは本屋大賞候補作では?という意見がいくつか見られました。
確かに昨年本屋大賞を受賞した凪良ゆうさんや、今年の町田そのこさんに通ずるものを感じますし、これだけ趣が違う物語を6つも書くのはすごい才能だなと思いました。
いずれは本屋大賞にノミネートされる作品を出してくれるのではないかと期待しています。